【小説】もう一度、あの死線へ

世界観

紫音はファントムの一撃を受け、宙へ弾き飛ばされた。

それでも。

着地した瞬間には、再びバイオリンを構えていた。

まるで雷皇を守るように。

まるで怪物を自分へ引き寄せるように。

少しずつ。

少しずつ。

戦いの場所が離れていく。

雷皇は息を呑んだ。

「あの子……」

私を逃がそうとしてる……?

その瞬間、雷皇は我に返る。

「そうだ……先輩たち!」

ギターを杖代わりに立ち上がり、必死に駆け出した。

「先輩! リタ先輩!」

瓦礫の中へ膝をつく。

「しっかりして! リタ先輩!」

震える手で首筋へ触れる。

「……!」

微かな鼓動。

確かに脈打っている。

「よかった……!」

涙があふれた。

「息してる……!」

胸に耳を当てる。

呼吸は弱々しい。

それでも、生きている。

「先輩、待ってて! すぐ助けを呼ぶから!」

雷皇は立ち上がり、鈴のもとへ駆け寄った。

「鈴先輩!」

その足が止まった。

「あ……」

雷皇の足が止まる。

その場に崩れ落ちた。

「う、そ……」

後ずさる。

「嘘……」

呼吸ができない。

胸を鷲掴みにされたような苦しさが襲う。

「鈴先輩……」

涙が止まらない。

現実を受け入れられない。

頭の中が真っ白になる。

「いや……いやだよ……」

震える手で口を押さえる。

「ごめん……ごめんなさい……」

後悔だけが胸いっぱいに広がっていく。

やがて雷皇は、ふらつきながら立ち上がった。

「鈴先輩……今、助けを呼んでくるから……」

声は震えていた。

「ごめんね……ごめんね……」

そして雷皇は、涙をこぼしながら走り出した。

「助けて!!」

「誰か!!」

叫び続けた。

「助けて!!」

「誰か!!」

「お願いします!!」

その時だった。

赤い回転灯。

白い車体。

救急車だった。

「救急車……!!」

雷皇は夢中で腕を振る。

腕がちぎれてしまいそうなほど、大きく。

救急車が止まる。

救急隊員たちは状況を確認すると、迷うことなく駆け出した。

素早く。

的確に。

その姿が、今は何より頼もしく見えた。

雷皇は涙を拭う。

リタ先輩。

鈴先輩。

もう大丈夫。

この人たちなら。

その時だった。

脳裏に、一人の少女が浮かぶ。

私を助けてくれた女の子。

綺麗な魔法陣で私を守ってくれた。

まだ戦ってる。

助けなきゃ。

私は――

演奏妖精だ。

「君!」

救急隊員が呼び止める。

「君も手当てが必要だ! さぁ、車に乗って!」

雷皇は深く頭を下げた。

「来てくれて、本当にありがとうございます!」

「先輩たちを、よろしくお願いします!」

「よろしくって……まさか!」

救急隊員の表情が変わる。

「行く気なのか?」

「駄目だ!」

「君だって怪我してるじゃないか!」

雷皇は小さく微笑んだ。

「ありがとうございます。」

「でも……行かなきゃ。」

救急隊員は言葉を失った。

困ったように眉を寄せる。

引き止めたい。

けれど、その瞳に宿る覚悟を見てしまった。

「せめて応急処置だけでも……」

どこか悔しそうに言う。

「可愛い顔に傷が残ったら大変だろ?」

雷皇はそっと自分の頬に触れた。

「もし傷が残ったら……」

少しだけ笑う。

「その傷は、今日のことを忘れないための勲章です。」

そう言って一歩後ろへ下がる。

「じゃあ!」

「先輩たちのこと……よろしくお願いします!」

雷皇は深く一礼し、振り返った。

遠くから、バイオリンの音が聞こえる。

まだ終わっていない。

あの音が消える前に。

雷皇は再び走り出した。

もう一度、あの死線へ。

コメント