渋谷区ファントム大量発生事件 明治神宮臨時拠点

渋谷区ファントム大量発生事件

薄暗い室内。

――いや、正確には室内ではない。

大型運搬車両の内部だった。

備え付けられた寝台に、紫音は静かに横たわっている。

視界の端に映る深い緑色の装備。

自衛隊を思わせる色だった。

その傍らには、一人の自衛官が座っている。

男はそっと手を伸ばし、紫音の額に触れた。

「……これはワイの、ちょっとしたおまじないだ。」

「効果があるかは分からんけどな。」

「君自身の力に呼びかけて、少しでも回復が早くなったらいいなぁって――そんなおまじないだ。」

自衛官の指先が、ほんの一瞬だけ微かに光る。

男は苦笑しながら立ち上がろうとした。

その時だった。

「……ここは。」

男の動きが止まる。

「えぇ!? もう起きたのか!?」

紫音はゆっくりと目を開いた。

身体が重い。

意識もまだ霞がかっている。

ぼんやりとした視界の中で、自衛官の姿が映った。

「……私、どれくらい気を失っていましたか?」

「一時間ってところかな。」

「一時間……。」

紫音は小さく息を吐く。

そして、すぐに思い出した。

「ファントムは……どうなりましたか?」

「心配するな。」

自衛官は笑った。

「ワイの仲間が戦ってる。」

その言葉に、紫音の意識は急速に鮮明さを取り戻していく。

そして改めて、自衛官へ視線を向けた。

「あなたは?」

男は少し照れくさそうに頭をかいた。

「ワイか?」

「ワイは自衛官だ。」

「防衛省・市ヶ谷基地所属。」

「陸上自衛隊統合特殊音響対策隊。」

「第1演奏小隊 EIDA運用チーム。」

一拍。

「……長ぇな。」

紫音の口元が僅かに緩む。

男は肩をすくめた。

「まぁ要するに。」

「ちょっと変わった能力持った奴らの寄せ集めで、化け物と戦う自信がある変人部隊だ。」

紫音は思わず小さく吹き出した。

男もつられて笑う。

「その中の一人。」

「取根シオだ。よろしくな。」

紫音は小さく瞬きをして会釈した。

取根は少しだけ真面目な表情になる。

「紫音ちゃんの友達の二人も無事だから安心してくれ。」

その言葉に、紫音は安堵したように息を吐いた。

取根は続ける。

「本当はな。」

「君たちみたいな若い子が戦わなくていい世界にしたいんだけどな。」

少しだけ苦笑する。

「それでも。」

「いつも戦ってくれてありがとう。」

紫音は少し不思議そうな顔をした。

「自衛隊に……私たちみたいな演奏妖精がいるんですか?」

「あぁ、いるぜ。」

取根は笑う。

「まぁ今日が初陣だけどな。」

「ウチの演奏妖精なんだが、自衛官としても超優秀な奴だ。」

その時――

車内の無線が鳴った。

『こちらイトウ。応答しろ取根。』

「……どうした?」

『どうしたじゃねーよ。紫音ちゃん起こしただろ? ゆっくり寝かせておけよ。』

取根は眉をひそめる。

「……ん?」

「お姫様は今も眠ってるぜ?」

無線の向こうで豪快な笑い声が響いた。

『ハッハッハ! オマエ、俺の竜気なめんなよ?』

取根は額に手を当てる。

「はぁ……ほんと変なヤツばっかりで困るぜ。」

そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。

紫音はその様子を静かに見ていた。

いつの間にか。

胸の奥を締め付けていた重苦しさが、少しだけ軽くなっている。

外では、まだ戦いが続いている。

大型ファントムは倒されていない。

今も誰かが戦っている。

「ありがとう……ございます。」

紫音は静かにそう呟いた。

取根は少しだけ目を丸くし、照れたように頭をかいた。

「礼なら、この戦いが終わってからな。」

紫音は小さく微笑む。

そして天井を見上げた。

外では、まだ戦いが続いている。

取根の言葉が脳裏によみがえる。

――ワイの仲間が戦ってる。

今も。

自分の代わりに。

誰かが戦っている。

自衛隊の演奏妖精が。

紫音は静かに拳を握った。

「……私も。」

取根が首を傾げる。

「ん?」

紫音はまっすぐ前を見た。

「私、もう一度戦います。」

その瞳に、もう迷いはなかった。

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